日本のマス・メディアは常用漢字以外の漢字表記には括弧書きで読み方を示しているが、外国語の表記については外来語と等しくカタカナ表記を専らとし、著者は大変苦痛を覚える。

 森鴎外の小説は伝統的な縦組みの配列で文章を記しながら、語学に堪能であった鴎外が頻繁に用いた英語やドイツ語の単語を縦に倒して欧字の儘記している。

 横組みで文章を掲記するメディアを多くする今、日本語として定着した外来語は兎も角も、外国語については縦組みを専らとする新聞もまた欧字での表記を果たして欲しいものだ。

 英語の単語はアクセントの有る幹母音以外の母音をどうとでも聞こえる音で発話するから、綴りを斟酌したカタカナ表記は大変見苦しい。

【ブログ背景画像解題】
 相模湾岸にて江ノ島と南北に向き合う荒崎は湘南の景勝地の一つとして知る人ぞ知る地ですが、源義経の郎党であった鈴木重家の卑属が建立したとの伝承を遺す熊野神社の境内からは爽快な眺めが満喫できます。

 鈴木重家の生家となる紀伊・名草郡藤白浦を本拠とした藤白鈴木家は饒速日(ニギハヤヒ)命の後裔という出雲族の流れとされ、多弁(たわき)宿禰を祖として古代朝廷にて穂積臣と称された水軍の武家でした。

 鎌倉幕府御家人として承久の乱後に尾張守護に補せられ幕府では評定衆を任ぜられた中条家長の後裔は長らく三河・賀茂郡下の高橋荘を営み、中条氏の配下にも藤白鈴木家が在ったことを伝えます。

 徳川家康の高祖父として三河・額田郡下の岩津城を北条早雲こと伊勢宗瑞率いる今川氏の軍勢に囲まれた松平長親の母方祖父を鈴木重勝と伝え、藤白鈴木家から岐れた武家として伊豆半島にて相模湾岸となる稲取岬を拠点とした江梨鈴木家は小田原北条氏の配下にて水軍の将を務めた武家でした。