昔、東大名誉教授で最高裁判事を務めた団藤重光っつうオジさんが居りましたろぉ・・・

 戦後施行された刑事訴訟法の起草者だそうで、『この一筋につながる』とかってな晩年に書いたエッセイが在ったかと思うんですが、顔を視ると如何にも裁判やってるってな堅そうな顔をしたオジさんで、刑法専門っつう或る意味困った専門莫迦と思われ、娑婆の苦労を全く識らない象牙の塔に棲む学者が渡世の筋から已むなく殺しをやったってな人間を裁くのは少々酷い話だなぁと思うのです。

 しやけど、団藤重光先生のお家では息子さんが在ったか、息子さんも苦労されたでしょうねぇ

 一方、鳩山和夫博士以往、首相・一郎、大蔵事務次官・威一郎、首相・由紀夫、工学者・紀一郎と5代連チャンで東大OBとなる鳩山家では朝の食事も団藤家とは些か違ったか、由紀夫はんがなぁ、軽井沢の別荘をテレビ局に取材させよったら書斎の書棚に並ぶのはゴルゴ13全巻だけ・・・

 カリフォルニアで経営工学を研究したっつう御仁は首相に就くやたばこ消費税を導入し、1973年フランス・ドイツが挙って変動相場に移行した時に大蔵事務次官だった由紀夫の父・威一郎は円・ドル間の取引を停止することなく田中角栄という政治家の困った積極財政のお蔭が祟って日本を狂乱物価に陥らせ、親子二代に亘って世間の怒りを買うゆう日本ブルジョワジー・横綱の生態からもアジア人種の揮う統治の限界が愈々露わになってきましたわなっ

【ブログ背景画像解題】
 相模湾岸にて江ノ島と南北に向き合う荒崎は湘南の景勝地の一つとして知る人ぞ知る地ですが、源義経の郎党であった鈴木重家の卑属が建立したとの伝承を遺す熊野神社の境内からは爽快な眺めが満喫できます。

 鈴木重家の生家となる紀伊・名草郡藤白浦を本拠とした藤白鈴木家は饒速日(ニギハヤヒ)命の後裔という出雲族の流れとされ、多弁(たわき)宿禰を祖として古代朝廷にて穂積臣と称された水軍の武家でした。

 鎌倉幕府御家人として承久の乱後に尾張守護に補せられ幕府では評定衆を任ぜられた中条家長の後裔は長らく三河・賀茂郡下の高橋荘を営み、中条氏の配下にも藤白鈴木家が在ったことを伝えます。

 徳川家康の高祖父として三河・額田郡下の岩津城を北条早雲こと伊勢宗瑞率いる今川氏の軍勢に囲まれた松平長親の母方祖父を鈴木重勝と伝え、藤白鈴木家から岐れた武家として伊豆半島にて相模湾岸となる稲取岬を拠点とした江梨鈴木家は小田原北条氏の配下にて水軍の将を務めた武家でした。