日本最強の暴力団と謳われ山口組や中国人の不良らも一歩退くという幸平一家は神楽坂・早稲田から新宿・池袋・練馬・板橋といった固有の縄張りから西武鉄道沿線の埼玉県西部を縄張りとしいた旧二本木一家を吸収して、その比類無き凶悪性を揮い続けているが、幸平一家傘下の矢野睦会々長である矢野治死刑囚が警察すら把握していなかった殺人を告白したことで、死刑が確定した後に再逮捕という異例の事態に至ったことは誠に遺憾だ。

 これで、矢野死刑囚の死刑執行は遠退き、事実上、安倍内閣は矢野を"逮捕"という刑訴手続を以て救ったことになる。

 安倍内閣の背景を見透かせない多くの日本人が朝鮮労働党と酷似するまでになった自ん民党の情報操作に服する醜悪性が顕わとなった・・・

 神楽坂で不動産業・パチンコ屋を営んでいた人物を父とし、傘下に多くのIT関連上場企業を擁する人物は北叟笑んでる。

【ブログ背景画像解題】
 相模湾岸にて江ノ島と南北に向き合う荒崎は湘南の景勝地の一つとして知る人ぞ知る地ですが、源義経の郎党であった鈴木重家の卑属が建立したとの伝承を遺す熊野神社の境内からは爽快な眺めが満喫できます。

 鈴木重家の生家となる紀伊・名草郡藤白浦を本拠とした藤白鈴木家は饒速日(ニギハヤヒ)命の後裔という出雲族の流れとされ、多弁(たわき)宿禰を祖として古代朝廷にて穂積臣と称された水軍の武家でした。

 鎌倉幕府御家人として承久の乱後に尾張守護に補せられ幕府では評定衆を任ぜられた中条家長の後裔は長らく三河・賀茂郡下の高橋荘を営み、中条氏の配下にも藤白鈴木家が在ったことを伝えます。

 徳川家康の高祖父として三河・額田郡下の岩津城を北条早雲こと伊勢宗瑞率いる今川氏の軍勢に囲まれた松平長親の母方祖父を鈴木重勝と伝え、藤白鈴木家から岐れた武家として伊豆半島にて相模湾岸となる稲取岬を拠点とした江梨鈴木家は小田原北条氏の配下にて水軍の将を務めた武家でした。