左右のイデオロギー対立を見た米ソ冷戦時代とは異にして、今や左右の地下活動は表社会に浮上し且つ互いに融合し始めているような気がする。

 往年の京浜安保共闘に対する警戒からか、公安調査庁は最近まで神奈川生協を監視対象としていたと聞くが、神奈川生協は山梨県下の生協や静岡県下の生協と一体化し、神奈川水滸伝として謳われた稲川会の縄張りと重なる。

 都下に次いで人口を大きくする神奈川県下にはまた多くの在日朝鮮人が住み、神奈川生協の発展もまたそうした事情と無縁ではなかったろうし、在日朝鮮人を首領とする稲川会が米ソ冷戦時代に保守政治家への協力として左翼の地下活動と闘っていたのは昔のことで、今や北朝鮮の対日工作は往年の左右における地下活動の後身をともに融合させて活用しているような気がする。

 労働勢力への浸透から始まった北朝鮮の対日工作は今や保守政界や右翼にまで及んでいる。

【ブログ背景画像解題】
 相模湾岸にて江ノ島と南北に向き合う荒崎は湘南の景勝地の一つとして知る人ぞ知る地ですが、源義経の郎党であった鈴木重家の卑属が建立したとの伝承を遺す熊野神社の境内からは爽快な眺めが満喫できます。

 鈴木重家の生家となる紀伊・名草郡藤白浦を本拠とした藤白鈴木家は饒速日(ニギハヤヒ)命の後裔という出雲族の流れとされ、多弁(たわき)宿禰を祖として古代朝廷にて穂積臣と称された水軍の武家でした。

 鎌倉幕府御家人として承久の乱後に尾張守護に補せられ幕府では評定衆を任ぜられた中条家長の後裔は長らく三河・賀茂郡下の高橋荘を営み、中条氏の配下にも藤白鈴木家が在ったことを伝えます。

 徳川家康の高祖父として三河・額田郡下の岩津城を北条早雲こと伊勢宗瑞率いる今川氏の軍勢に囲まれた松平長親の母方祖父を鈴木重勝と伝え、藤白鈴木家から岐れた武家として伊豆半島にて相模湾岸となる稲取岬を拠点とした江梨鈴木家は小田原北条氏の配下にて水軍の将を務めた武家でした。