いやぁ、遂にアメリカもアサド政権へ向けて鉄槌を下しましたわぁ・・・

 アサド政権が毒ガスを使ってるっつうことで米民主党政権はあれだけ猖獗を極めたイスラム国の非道にも拘わらずアサド政権への支援に消極的であった処を、共和党政権は颯爽と攻勢に転じた訳れす。

 しやけど、アメリカともどもイスラム国に手を焼くロシアはアサド政権を支援してイスラム国への攻撃を計っていますから、アメリカがロシアの支援するアサド政権を攻撃するのはロシアと反目することになります。

 アサド政権を挟んで米ロ両大国が向後互いに対立を続けるならば、次第に両大国間の溝は深くなっていくでしょうから、ひょっとしてシリアは第二のベトナムになる可能性が在りますわなっ。

 往年のインドシナ半島東半を覆っていた共産主義国家群の一角でポル・ポト政権の非道が在ったように、今は中東でイスラム国という奇形が観られる訳で、そうした奇形は米ロ両大国間で緊張が深まると産まれるんですわぁ。

 戦前の日本も多分に同じような理屈でファッショ化したんだろうし、戦後の民主化は戦前のファッショ政権に対する反動から強く米側に傾斜したことの所産でしょうねぇ。

 そのアメリカが右に傾き始めた訳やから、日本も右っぽくなる訳れ、小池のオバチャンがアメリカに傾けば中東もアメリカに靡くようになるのか知らん・・・

【ブログ背景画像解題】
 相模湾岸にて江ノ島と南北に向き合う荒崎は湘南の景勝地の一つとして知る人ぞ知る地ですが、源義経の郎党であった鈴木重家の卑属が建立したとの伝承を遺す熊野神社の境内からは爽快な眺めが満喫できます。

 鈴木重家の生家となる紀伊・名草郡藤白浦を本拠とした藤白鈴木家は饒速日(ニギハヤヒ)命の後裔という出雲族の流れとされ、多弁(たわき)宿禰を祖として古代朝廷にて穂積臣と称された水軍の武家でした。

 鎌倉幕府御家人として承久の乱後に尾張守護に補せられ幕府では評定衆を任ぜられた中条家長の後裔は長らく三河・賀茂郡下の高橋荘を営み、中条氏の配下にも藤白鈴木家が在ったことを伝えます。

 徳川家康の高祖父として三河・額田郡下の岩津城を北条早雲こと伊勢宗瑞率いる今川氏の軍勢に囲まれた松平長親の母方祖父を鈴木重勝と伝え、藤白鈴木家から岐れた武家として伊豆半島にて相模湾岸となる稲取岬を拠点とした江梨鈴木家は小田原北条氏の配下にて水軍の将を務めた武家でした。