舛添前都知事の辞職に因る先の都知事選に絡んで複数の都議会議員を自民党都議連から離脱させ自派へ吸引したことでマスコミの話題を攫った小池都知事は都議会では公明党をも自民党から引き離し自派へ惹き寄せ、遂に連合東京をも自派へ摂り込んだことが伝わった。

 橋下徹が大都市圏での地方議会にて旋風を巻き起こし国政への進出を計った轍を追随しながら、小池都知事は大阪都構想に対する住民投票での敗北を契機に政界から身を退いた橋下とは異にして地方議会の段階で着実に自民党の外堀を埋め始めている。

 既得権益に順応することを応諾した秀才は保守を支持し、反体制的気概を逞しくする秀才は左翼を支持し、何れにも応じ得ない凡才は社会改良主義の労働勢力を支持する産業革命以来の社会的構造が21世紀に実現するであろう新たな構造へ流動化する過渡期に至って、保守 vs.革新といった産業革命以来の格から脱けて新たな格へシフトする流れを能動的に演出しているのが小池都知事で、先ず大都市における地方議会で国政与党の足許を着実に掘り崩している。

 著者は『愚管抄』が日本の政治は女人によって完成されると説いた文句を憶い出す。

【ブログ背景画像解題】
 相模湾岸にて江ノ島と南北に向き合う荒崎は湘南の景勝地の一つとして知る人ぞ知る地ですが、源義経の郎党であった鈴木重家の卑属が建立したとの伝承を遺す熊野神社の境内からは爽快な眺めが満喫できます。

 鈴木重家の生家となる紀伊・名草郡藤白浦を本拠とした藤白鈴木家は饒速日(ニギハヤヒ)命の後裔という出雲族の流れとされ、多弁(たわき)宿禰を祖として古代朝廷にて穂積臣と称された水軍の武家でした。

 鎌倉幕府御家人として承久の乱後に尾張守護に補せられ幕府では評定衆を任ぜられた中条家長の後裔は長らく三河・賀茂郡下の高橋荘を営み、中条氏の配下にも藤白鈴木家が在ったことを伝えます。

 徳川家康の高祖父として三河・額田郡下の岩津城を北条早雲こと伊勢宗瑞率いる今川氏の軍勢に囲まれた松平長親の母方祖父を鈴木重勝と伝え、藤白鈴木家から岐れた武家として伊豆半島にて相模湾岸となる稲取岬を拠点とした江梨鈴木家は小田原北条氏の配下にて水軍の将を務めた武家でした。