逗子を流れる田越川の河口を近くした畔に平正盛より6世となる平家最期の胤が検非違使であったと伝える安倍資兼によって斬首された遺蹟が見られる。

 その遺蹟と田越川を挟んだちょうど反対側の海岸に"太陽の季節"碑が立つ。

 中国ともアメリカとも距離を置く外交を唱えてきた石原慎太郎先生の人生は日本の運命と軌を一にする予感がする。

 大統領に就いた許りのトランプとアリババ・グループの馬代表との会見を伝えたニュースを見たが、二階俊博や石原慎太郎らに喧嘩を売る小池女史の揺るぎない自信の背景には何が在るのか?


 ところで、昨日7日の日経朝刊はトップで与党での総裁任期を正式に認められた安倍総理が20年度におけるプライマリー・バランスの黒字化目標を断念し、長期金利を経済成長率より低く維持する考えに傾いているとの記事を載せていた。

 異次元の金融緩和を唱えた黒田日銀総裁は長らく固執した金融裁量の態度を更えたが、黒田総裁の任期満了後も与党総裁任期を延長された安倍総理は異次元の金融緩和を続けたく思っているようだ。

 前の東京五輪が日本の繁栄を象徴するイベントとなり、その頃から言われていたリニアモーター・カーの計画が愈々実現され、二度目の東京五輪が催された後、日本が待っているのはどんな世界だろうか?  

【ブログ背景画像解題】
 相模湾岸にて江ノ島と南北に向き合う荒崎は湘南の景勝地の一つとして知る人ぞ知る地ですが、源義経の郎党であった鈴木重家の卑属が建立したとの伝承を遺す熊野神社の境内からは爽快な眺めが満喫できます。

 鈴木重家の生家となる紀伊・名草郡藤白浦を本拠とした藤白鈴木家は饒速日(ニギハヤヒ)命の後裔という出雲族の流れとされ、多弁(たわき)宿禰を祖として古代朝廷にて穂積臣と称された水軍の武家でした。

 鎌倉幕府御家人として承久の乱後に尾張守護に補せられ幕府では評定衆を任ぜられた中条家長の後裔は長らく三河・賀茂郡下の高橋荘を営み、中条氏の配下にも藤白鈴木家が在ったことを伝えます。

 徳川家康の高祖父として三河・額田郡下の岩津城を北条早雲こと伊勢宗瑞率いる今川氏の軍勢に囲まれた松平長親の母方祖父を鈴木重勝と伝え、藤白鈴木家から岐れた武家として伊豆半島にて相模湾岸となる稲取岬を拠点とした江梨鈴木家は小田原北条氏の配下にて水軍の将を務めた武家でした。