イトマン事件で山口組五代目は住友銀行からイトマンを介して2,500億円をせしめ、バブル崩壊で結局住銀が被った損失は5,000億に上ったそうで、許永中は山口組五代目若頭の宅見勝とグルやった訳やぁ。

 許永中は不動産や絵画を使って政財界に喰い込んだが、住友銀行の磯田一郎の娘も絵画を手に入れとるし、磯田が住銀の本店営業部長に在った時の部長代理を務めたんが住銀からイトマンに送られた河村良彦やぁ。

 河村は名古屋で住銀の栄町支店に就いたことが有り、イトマンの常務やった伊藤寿永光も名古屋の中京商業学校を卒業しとって、1994年に射殺された住銀名古屋支店長は磯田が発破かけとったパチンコ業者や水商売との取引が多い梅田北口支店や、平和相互銀行絡みで不正融資案件を多数抱えた京都・四条支店、山口組系フロント企業の口座が圧倒的に多い大阪駅前支店、闇金融業者などが多く利用する船場支店などを渡り歩いとるんやぁ。

 山口組六代目が名古屋の弘道会から出よった訳やぁ。

 山口組五代目若頭の宅見と若い時一緒にやっとった稲本虎翁の皇民党が自民党総裁の椅子を狙う竹下登を永田町でほめ殺しにかけちょりますわぁ。

 許永中がボディー・ガードを務めた大谷貴義が福田赴夫に近づいたんは、等しく郷里を和歌山とする大蔵官僚の正示啓次郎を介してやったそうやけど、福田の派閥出身の小泉純一郎の内閣で経済政策に関わった竹中平蔵も和歌山の出身やし、やはり福田の派閥の出身たる安倍晋三の与党で幹事長に就いた二階俊博も和歌山の出身でっしゃろぉ。

 宅見組の組長と山口組五代目の出身母体やった神戸の山健組々長が名古屋の弘道会が牛耳るようになった山口組六代目に叛旗を翻して新宿の親分と手を結んどりまっしゃろぉ。

 何やぁ、日本はチョン人が権力を争うシマに成り下がっとりますのやがなぁ・・・